2012年11月19日月曜日

中国からの集客に本腰を入れる日本の地方都市

旅慣れた観光客が増加、「マナー問題」も薄れる
中国からの集客に本腰を入れる日本の地方都市



映画「非誠勿擾」でブレイクした北海道の積極的な取り組み
 
地元高校生による北海道経済部観光局のプロモーション 
Photo by Konatsu Himeda
 
上海の寒空に“稚内名物”の南中ソーランが鳴り響く。
稚内から来た高校生の威勢のいいパフォーマンスに道行く人々が足を止める。
2011年12月、北海道経済部観光局は、春節商戦を見込んで観光プロモーションを仕掛けた。
 
北海道の風景写真をバックに「記念撮影」をする観光振興イベントが人気
Photo by Konatsu Himeda

 
3.11以降、放射能汚染への不安が根強く、
落ち込みが続いた中国人の訪日観光ツアーだが、
昨年10月には前年同月並みに回復した。
さらに11、12月は3割超の大幅増加と状況が一転、
11月、12月の単月の訪日客数もそれぞれ過去最高を記録した。
 
そんななか、この上昇機運を確実にとらえようと、
地方都市も積極的な売り込みを展開する。北海道もそのひとつだ。
東京から入り富士山を周り大阪に抜ける「ゴールデンルート」が
中国人訪日客の需要の8割以上を占める状況下、
地方都市への呼び込みは大きな課題だ。
北海道は2010年を境に中国人観光客数を伸ばした。

2000年までは年間2000~3000人の推移だったが、
2010年には年間13万5000人に達した。
理由のひとつが、
人気俳優・葛優を起用した映画「非誠勿擾(フェイチェンウーラオ)」。
クライマックスのロケ地は道東、その美しく広大な自然が中国人を魅了したのか、
09年の中国人観光客数は前年比で倍増に近い爆発的な伸びを示した。
 
北海道は豊かな自然と豊富な海の幸がある。
最近、中国人の間では「おいしいスイーツ」でも知られている。
「白い恋人」は中国人観光客もおなじみの定番商品、
ロイズの生チョコ、夕張メロンのゼリー、生キャラメルも人気だ。

他方、北海道はこんなアングルでも注目されている。

「北海道は開拓時代に欧米の“お雇い外国人”を招聘して
産業振興や街作りを行ったが、その歴史に中国の発展を重ね、
『なぜここまで発展できたのか』と関心を寄せる観光客が多い」と、
北海道経済部観光局国際観光担当局長の飛田康彦さんは語る。
観光スポットやグルメのみならず、北海道そのものが魅力だというわけだ。

道内の宿泊施設や飲食など、サービス業も本気になってきた。
少し前までは宿泊施設では「備品が盗まれるのでは」といった警戒感、
飲食業では「日本人常連客が離れるかも」といった不安感が強かったが、
それも徐々に過去のものになりつつある。
 
野口観光グループ(登別市)の関係者は、
「震災を経て北海道全体が前向きになろうとしている。
もはやこの北海道も、インバウンドビジネスに
背を向けられなくなったと感じる」と変化を指摘する。

ちなみに2011年末、北海道経済部観光局は、
観光消費による生産波及効果は1兆8237億円で、
16万4000人を超える雇用を生み出すと推計した。


日本文化発祥の地として売り込む島根県

今年の春節、島根県を19人の中国人観光客が訪れた。
岡山空港に降り立ち島根県を周遊、大阪から帰路便に乗るこの春節ツアーには、
演出をめぐるさまざまな試行錯誤があった。

何があるかすら、ほとんど中国人には知られていない島根県をどう売り込むか
――そんな分厚い壁が存在していたのである。

テーマは「日本文化の発祥の地」、出雲大社や松江城、
日本庭園で有名な足立美術館にハイライトを当てた。
そしてサブテーマを「島根の味」とした。

“食にこだわる”中国人の期待値は大きい。

海水と淡水が混じる宍道湖は、四季の味を豊富に持つ。
シラウオ、アマサギ、シジミ、ウナギなど7種の素材を使った「七珍料理」は、
日本でも通の味覚として知られている。
また、日本海に面した島根県は水産物の宝庫で、松葉ガニ、のどぐろ、甘鯛など、
さまざまな魚介類が水揚げされる。
さらに「しまね和牛」の霜降り牛は“至高の一品”とも言われている。

「大都市にかなわない島根は『食』で勝負だ」――との声が上がる。
ツアーは当初、中国人客に食のこだわりを存分に披露しようという演出を試みた。


激安日本ツアーが主流のなか立ちはだかるコストの壁

しかし、現実は「採算性」が常に足かせとなってしまう。
「日本行き激安ツアー」は3000~4000元が主流となっている昨今、
上海では、島根行きのツアーは「5泊6日・8100元」という高めの設定で売り出された。
だが、それでもこの予算では「島根のこだわり」を十分に発揮することは
容易ではなかったのだ。
訪問先の島根ワイナリーでは、
オプションで和牛を振る舞う計画があったものの、
確実な消費が見込めず、供給側は二の足を踏まざるを得なかった。

ところで、このツアーには隠れたプレーヤーが存在する。
上海を拠点に流通小売業を展開する「しんせん館」(本社:島根県松江市)の経営者、
石橋修さんが企画に加わったのだ。
「中国人を知らない日本の受け入れ側に、中国人の好みを伝える」、
これが同氏の役目となった。
日中間のギャップを埋め、顧客満足度を引き上げ、
地元の経済効果を狙うためには、彼のようなキーマンは欠かせない。

さて、今回島根県を訪れた中国人旅行客だが、
19人のうち6人がすでに日本を複数回訪れた「日本通」だ。
出雲市が集計したアンケートは「歴史や伝統を重視し、
熱心に保護している」という点に大きく心動かされた様子を伝えている。
また一方で、こんなコメントもあった。

「和食だけでは外国人客が困るのでは」
「朝食の選択肢、種類を増やしたらいいのでは」
「温泉から出たあと休める施設がほしい」

「和食」をぶつけたいとする供給側と、客側のニーズのズレ。
中国では、好きなものを好きなだけ選びたいという需要にマッチした
「朝食バイキング」の需要がある。これは島根県のみならず、
多くの自治体、あるいはインバウンド事業者にとっては参考になるだろう。

また昨今、中国ではスパやホテルや飲食などを付帯した大型浴場施設が発展しており、
彼らにとっては「温泉」=「一大娯楽場」という概念があることも読み取れる。

日本人以上に「旅慣れ」している彼らのサジェスチョンの、
どの部分を共通のスタンダードとして取り込むかには、
さらに試行錯誤の余地があるようだ。

中国人客の好みと島根県の提案はまだまだ手探りが続くが、
地元松江市に本社を置く一畑トラベルサービス観光企画部の立石圭一さんは
「採算性を考えれば難しいが、
“先行投資”とマインドを切り替えれば弾みがつくのでは」と前向きだ。
これをバネに4月のツアーを成功させたいと意気込みを見せる。


LCCに期待する佐賀変わる中国人観光客へのイメージ

佐賀県は、LCCで中国からの集客に弾みをつける。
今年1月18日、春秋航空の有明佐賀-上海線が運行を開始した。
週2往復。運賃は3000円から3万2000円(燃油サーチャージ除く)と格段に安い。
「佐賀を起点に高速道路を使って北九州を広範囲に周遊する、
中国人観光客にとって魅力あるツアーが組めそうだ」と関係者も期待する。

同時に空港ビルも受入れ体制を整えた。
LCCの就航に合わせてしつらえた外国人観光客向けの免税売り場もそのひとつ。
税務当局への申請から1ヵ月、異例のスピード認可にこぎ着けた。
その免税店では電気炊飯器、ひげそり、保温ポットなどがそこそこ売れているという。

佐賀ターミナルビル(佐賀県佐賀市)の経営者である城野正則さんは、
就航に向けて奔走した。こんな感想を漏らす。

「中国人観光客は、日本人よりも旅慣れている、という印象です。
礼儀正しいし、ルールも守る。
事前調査の段階で耳にしていたものとはだいぶ違います」

中国都市部に住む中国人の生活は、ここ数年で格段に向上し、
その立ち居振る舞いもスマートになってきた。
ましてや、訪問先に日本の地方都市を選択する中国人はすでに
「日本を知っている観光客」である可能性が高い。マナー問題も薄れつつあり、
「中国人のお客さんはどうも…」というネガティブなイメージも払拭される傾向にあるようだ。


予算はなくとも“局地戦”で勝負する長野県のケース

長野県の取り組みにも注目したい。
 
地方都市としての生き残りを“身の丈大で行こう”と割り切った、
大胆なまでの「取捨選択」は、目を見張るものがある。
長野県庁国際観光推進室の青木英明さんは、
「県の予算、マンパワーには限界がある。しかも知名度も低いなかで、
捨てる部分と取り込む部分をはっきり切り分けた」とコメントする。

捨てる部分は、激烈な価格競争を呈する団体旅行だ。
そして「一般中国人観光客」という概念も戦略から削除、
多額な費用のかかる一般旅行雑誌への広告掲載も捨て去った。
長野県のインバウンド予算は北海道と比べたら桁がひとつ違う。
映画のロケ地になろうにも、
広告宣伝費をつぎ込んだスケールの大きいプロモーションはできない(*)

そこで取り込んだのは、教育旅行とスキー旅行。
目的型ツアーの誘客に力を入れる。「これなら宿泊単価が高く、
また、ターゲットを絞ることで効率的なプロモーションが可能になる。
我々が目指すのは、ニッチな部分での局地戦です」と同氏は語る。

長野県への中国からの訪日教育旅行は、
09年の14団体(605人)から10年には54団体(2954人)と約3.9倍(人数では約4.9倍)に増え、
全国でもトップクラスになった。
また、長野県への北京からの冬季ツアー(スキーツアー)の商品化は、
10年は4~5本程度だったのが、11年には20本以上と約4.5倍に膨らんだ。

ちなみに“長野県の青木さん”といえば、実は知る人ぞ知るインバウンドのエキスパート。
黎明期の市場開拓、上海でコツコツと種まきをするその取り組みを、
筆者も取材させてもらっている。インバウンドが伸びを見せる背景には、
現場感覚のある人材が今に至って中国と日本の橋渡し役になっていることも見逃せない。


「受け入れ」から「売り込み」へ時代の変わり目を読む

時代は「受け入れ」から「売り込み」に軸足を移しつつある。
地方都市の心理も「警戒」から「前向き」に変わりつつある。

震災後は中国側の空気も変わった。
放射能汚染は中国人のマインドを大きく冷え込ませたが、
震災後繰り返し流れるニュース映像に映し出された、
日本人の「秩序」や「和睦」は、「日本人観」を大きく変えた。
愛国教育で刷り込まれた「怖い日本人」は、
「日本人は大したもんだ」の評価に取って代わった。
その日本を見てやろう、という気持ちはどこかにあるはずだ。

同時に中国経済もバブルの余熱が冷めてきた。
それまでの黄金色しか目に映らなかった時代から、
水色などの淡い色も美しい色だと思えるような時代に変わってきた。
「都市にはない、地方の魅力」を売り込める時代に入ったのではないだろうか。
時代の変わり目を読み、いまある素材をどう演出して見せるか、
地方都市の売り込みは静かに過熱しそうだ。

リソース:ダイヤモンドのビジネス情報サイト

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